つれづれ

急激円安どうして~「ネット株手帳 2023」著者に聞く

2022.10.19

急激に進んでいるドル高円安によって暮らし経済に大きな影響が及んでいます。11月1日に発売される『石橋をたたいて渡る ネット株手帳2023』の著者、三橋規宏さん(経済・環境ジャーナリスト)に円安の背景と見通しを聞いた。

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Q〉いろいろな商品の値上げが加速していますが、その原因の一つがドル高円安と言われています。今年3月以降に円安が進んで9月22日には24年ぶり円買いドル売りの為替介入に追い込まれましたが、その後も円安は止まらず150円を突破しそうな勢いです。この急激な円安はどうして起きたのでしょうか? それによる日本経済への影響はどうでしょうか?

三橋規宏さん 最大の理由は日米金利差の拡大です。昨年まで日本は超金融緩和政策でマイナス金利、アメリカはゼロ金利政策を実施しており、両国の金利差はほとんどありませんでした。今年に入り様相は一変しました。高騰するインフレ対策として、FRB(米連邦準備制度理事会)は半年ほどの間に短期のフェデラルファンド(FF)金利(政策金利)を急激に引き上げ、金利の誘導目標を3.00~3.25%まで上げました。FF金利が3%を超えるのはリーマンショック前の2008年1月以来の高い水準です。一方、日銀はマイナス金利の変更を拒否してきたため、日米金利差が大きく開きました。多くの投資家が円を売って金利の高いドル買いに走ったため、急激なドル高円安が起きてしまいました。

円安は対外購買力の低下を引き起こします。日本は石油や天然ガスなどのエネルギー類、鉄鉱石や銅などの工業原材料、さらに小麦やトウモロコシなどの食料品の多くを輸入に依存しています。過度の円安が長期間続くと、経済活動が失速し、日本人の生活水準は大幅にダウンしてしまいます。

Q〉FRBの政策金利の引き上げは今年3月から連続5回になりますが、その理由についてFRBはどう説明しているのですか?

パウエル議長、ハトからタカに“変面”

三橋さん パウエル議長を含むFRBの幹部は昨年秋ごろまで「インフレは一時的」と高をくくっていました。その姿勢が大きく変わったのが昨年(21年)12月のFOMC(連邦公開市場委員会)です。

11月の米消費者物価指数(CPI)が前年同月比で6.8%上昇しました。39年ぶりの高水準です。人手不足で失業率が低下、時給も上昇しています。「インフレ対策が軽視されている」との批判も一部のエコノミストから出てきました。FOMCでも、インフレ警戒論が強まりました。FOMCは前回会合まで使っていた「インフレは一時的」との表現を削除し、「インフレがより持続的になり、高インフレが定着するリスクが高まっている」と書き換えました。さらにインフレ対策として、22年に計3回の政策金利引き上げを見込む、との姿勢を示しました。

それでもインフレの見方は甘過ぎたようです。12月の消費者物価指数は7%(前年同月比)とさらに上昇、約40年ぶりの高水準です。上昇は22年に入っても止まりません。1月7.5%、2月7.9%、3月8.5%と上昇を続けています。

FRBが3月から連続5回、政策金利を引き上げたのはこの「歴史的インフレ」退治に真正面から取り組む決意を示したものです。今年の利上げは12月までにあと2回、合計7回になりそうです。

中国の伝統劇の見せ場として「変面」があります。手や扇を顔に近づけると瞬時に顔が変わる演技です。FRB議長の任期は4年で、パウエル議長は5月に再選され、2期目に入りました。1期目のパウエル議長は「市場にやさしいハト」の顔をしていましたが、8月下旬のジャクソンホール会議などで見せた2期目は「インフレファイターの厳しいタカの顔」に代わっていました。タカに変面したパウエル議長は「景気を犠牲にしてもインフレ対策を重視する」と断言しています。23年もインフレ次第で、躊躇なくさらなる政策金利の引き上げに踏み切る覚悟のようです。

〉日銀の「黒田バズーカ」と呼ばれる大胆な金融緩和政策をどう評価されますか。黒田総裁の任期は来年4月までですが、“ポスト黒田”の日銀の金融政策に変化はありそうですか?

円安と株価上昇の「黒田バズーカ」、求められる金融正常化

三橋さん 黒田さんが日銀総裁に就任したのは2013年4月。前年12月、第二次安倍政権が発足しました。首相が提唱する「アベノミクス」を金融政策面から支えたのが黒田総裁で、日銀政策委員会をリフレ派で固めました。リフレ派経済学はリーマンショック後のデフレ経済から脱却するため、金融政策や財政政策をフルに発動する政策です。欧米では主流でした。これらの政策によって有効需要を増やし、将来物価が上がりそうだと人々が感ずるように期待インフレ率を高めることを目指し、金融の量的緩和を積極的に推進します。それまで日銀を含む米欧の中央銀行は政策金利を引き下げることで金融緩和政策を推進してきました。これが伝統的金融政策です。日本は90年代初めごろから「失われた20年」と揶揄される長期デフレ経済に陥り、事実上のゼロ金利状態を続け、金利政策は機能不全に陥りました。

そこで黒田総裁は金利政策に見切りをつけ、リフレ政策に金融政策の軸足を切り替えました。⓵物価目標2%、⓶日銀がコントロールしやすい新指標、マネタリーベース(日銀券発行高+貨幣流通高+日銀当座預金)の急増、③長期国債の保有額拡大など金融の量的緩和を積極的に推進しました。この量的緩和重視の政策を「非伝統的金融政策」と呼びます。

非伝統的金融政策は米欧では一定の成果をもたらしましたが、日本はほとんど成果が見られませんでした。日本の長期デフレは、時代の変化に適応した産業構造の転換、外国企業の日本誘致、デジタル革命の推進、新規企業の育成、労働形態の多様化などを積極的に推進することで克服できたはずです。だが安倍政権はこれを怠ってきました。日本がデフレ経済から脱却できなかった本当の理由は産業政策の失敗にあったわけです。やや厳しい言い方をすれば、「黒田バズーカ」の10年はデフレ対策としては不向きで、円安と株高をもたらしただけで終わったといえるでしょう。

ポスト黒田の日銀に求められるものは、10年続いたリフレ政策との決別とマイナス金利(日銀当座預金の一部に適応)を撤廃し、金融政策を正常化(金利機能の回復)させ、企業が儲けたお金を積極的に新規投資に振り向けられる金融環境づくりに貢献することです。

〉日経平均株価とNYダウの今後の動きについて、三橋さんの見通しは?

三橋さん 東京株式市場での売買シェアの約75%を海外投資家が占めます。多くの海外投資家は売買指標としてアメリカの株価3指数(ダウ、ナスダック、S&P500)、毎月発表される雇用統計、消費者物価指数、四半期ごとに発表されるGDP速報をチェック。さらに注目度の高いのがFOMCの政策金利決定会合です。東京市場でアメリカの各種経済指標が重視されるのは、時差の関係でNY株式市場終了後、数時間後に東京市場が開かれるため、最もホットな情報になるからです。

経済のグローバル化が進展する前の80年代までの東京市場では、四半期別GDP速報、日銀短観、機械受注、貿易収支など国内指標で株価は大きく上下しましたが、最近では日本の経済関連指標は東京市場の株価形成にほとんど影響を与えてしません。時系列で比較すると、日経平均とダウが相似形のように見えるのも日経平均がダウに追随して動いているためです。

最近、ダウなどの株価に最も影響を与える指標は消費者物価指数です。低下傾向が確認できれば、株価は急上昇、逆ならさらに下落。雇用統計も大きな影響を与えます。10月7日に発表された9月の雇用統計で非農業部門の就業者数が前月比26万3000人となり、堅実な動きを示しました。この結果、市場はFRBの強気の利上げが続くと判断、ダウは大幅に下落し3万ドルを割り込んでしまいました。

今後、ダウや日経平均がどう動くか分かりませんが、FRBは11月のFOMCで0.75%、12月も0.5%引き上げる可能性を示唆しています。来年に入っても物価上昇が続けば、さらに利上げが加速するかもしれません。コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻の行方、さらに米中対立など予想不可能な不安材料が山積しています。地震火山列島の日本で大地震が発生しないとも限りません。難問山積で来年の株価予想は困難です。私の見方をあえて言えば、年後半には物価はピークを付け、ダウは3万200~300ドル台へ回復し、日経平均もその頃には3万円台回復が期待できそうです。ダウが史上最高値(22年1月4日の3万6799ドル)を超えるのは24年に入ってからと見ていますが、自信はありません。予想と期待がたえず裏切られてきたのが株取引の歴史です。あなたの予想はいかがでしょうか。